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東京高等裁判所 平成10年(ネ)5000号 判決 1999年5月27日

主文

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人は、控訴人に対し、金三一五万〇六六一円及びこれに対する平成九年一二月一六日から平成一〇年一月一六日まで年一割五分、同月一七日から完済に至るまで年三割の各割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

四  この判決は、第二項につき仮に執行することができる。

理由

【事実及び理由】

第一  控訴の趣旨

主文同旨

第二  事案の概要

一  本件は、貸金業者である控訴人が、借主である一審被告乙山春夫(以下「乙山」という。)及び連帯保証人である被控訴人に対し、貸金の残元金並びに利息制限法所定の限度内の利率による利息及び損害金の支払を求めたところ、乙山及び被控訴人は、乙山の支払った利息は任意に支払ったものではないから、貸金業の規制等に関する法律(以下「貸金業法」という。)四三条の適用はないとし、その支払った金額を利息制限法所定の利率によって充当し、残額を被控訴人が弁済供託したことにより、未払いの債務は存在しないなどと主張して争っている事案である。

原審裁判所は、乙山及び被控訴人らの右主張を容れて控訴人の請求を棄却したことから、これを不服とする控訴人が控訴したものである。原判決言渡後、乙山は破産による免責の決定を受けたので、控訴人は、当審において、乙山に対する訴えを取り下げた。

二  争いのない事実等、争点及びこれに関する当事者の主張は、次のとおり訂正、付加するほかは、原判決「事実及び理由」欄第二「事案の概要」一及び二(原判決三頁八行目から同一三頁一行目まで)記載のとおりであるから、これを引用する。ただし、「被告乙山」とあるのは「乙山」と読み替える。

1 原判決六頁一行目から七行目までを次のとおり改める。

「6 控訴人は、右弁済を受けた日(ただし、平成九年六月以降はその翌日)に、右元利金計算書記載のとおりの受領年月日、受領金額、利息、損害金、元金への充当額、各弁済後の残存債務額及び前記1、2記載の控訴人の商号、住所地、登録番号、貸付金額等貸金業法一八条、同施行規則一五条に定める事項を記載した受取証書を乙山宛に普通郵便で発送し、同郵便は右発送の日の翌日ころには同人に配達された(争いのない事実、甲五ないし二九、弁論の全趣旨)。」

2 同六頁末行から七頁一行目の「残元本二八五万〇〇七七円」を「残元本、利息及び遅延損害金合計二八五万〇〇七八円のうち違算により二八五万〇〇七七円」と、二行目の「右金員」を「右二八五万〇〇七八円」とそれぞれ改める。

3 同八頁一〇行目の「二八五万〇〇七七円」を「二八五万〇〇七八円」と改める。

第三  当裁判所の判断

一  争点1について

1 前記争いのない事実等に《証拠略》によれば、以下の事実が認められる。

(一) 平成九年一月二三日、乙山から控訴人川崎支店に対し、電話による融資申込みがあり、同年二月一七日、乙山と被控訴人が控訴人川崎支店を訪れた。

控訴人川崎支店の藤村貴(以下「藤村」という。)は、貸付契約説明書と償還表を乙山及び被控訴人に交付した。貸付契約説明書には、貸付金額が四〇〇万円であること、元金は平成九年三月より平成一四年二月まで毎月一六日に六〇回にわたって金六万六〇〇〇円の分割払い(ただし、最終支払元金は金一〇万六〇〇〇円)とすること、利息は年率二九・八〇パーセントの割合として平成九年三月から平成一四年二月まで毎月一六日に六〇回にわたって残元本×年率×経過日数÷三六五の計算により支払うこと、期限後は損害金を年率三九・八〇パーセントの割合とすること等が明記され、償還表には、平成九年三月一六日から平成一四年二月一六日までの毎月一六日の元金支払額を六万六〇〇〇円とする場合の毎月の利息額及び支払合計額が明記されていた。

藤村は、乙山及び被控訴人に対し、貸付契約説明書に記載された事項について口頭でも説明するとともに、支払が期限よりも早い場合、支払金額が償還表より多い場合は、支払超過部分が元金に充当され、早期に返済が終わること、期限に約定の支払がないと全額請求になる場合もあること等についても説明した。

そして、藤村は、乙山及び被控訴人に対し、償還表を示して、返済利息及び元金等を確認してもらった上で、事業者ローン申込書に両名の署名をしてもらったが、同申込書の弁済計画欄には、乙山が「毎月六六、〇〇〇円の元金分割払いなら売上より支払えます。」と記入した。

その後、藤村は、契約内容を強く認識してもらうため、乙山に金銭消費貸借契約証書に手書きで貸付契約説明書に記載されたのと同一内容の記載をしてもらい、乙山及び被控訴人は同契約証書に署名した。

(二) 乙山は、原判決別紙1の元利金計算書に記載のとおり、平成九年三月から同年一二月まで一〇回にわたり、おおむね毎月一六日に(一六日が休日の同年三月及び一一月は一七日に、同年八月は一八日に)、償還表記載の予定支払額を若干上回る一万円未満の端数のない額を銀行設置のATMを利用して支払った。

(三) 銀行設置のATMを利用して支払った場合、その利用明細書にはその支払による利息及び元本の各充当額並びに残元本の額の記載はなく、これらの額を直ちに認識することは不可能である。

(四) 控訴人は、乙山が銀行設置のATMを利用して支払を行った都度、利率、利息計算の期間、利息充当額、前元金残高、元金充当額、受領合計金額、弁済後の残存元金及び残存債務の計が明記され、「充当金額に異存のある場合は至急ご連絡下さい。」との注意書きのある領収書兼利用明細書を作成し、平成九年五月までは弁済を受けた日に、同年六月以降は弁済を受けた日の翌日に乙山宛に郵送し、その翌日ころには乙山に配達されたが、平成九年三月から同年一二月までの一〇回にわたる支払の間に乙山から異議が述べられたことは一度もなかった。

2 貸金業法四三条一項にいう「債務者が利息として任意に支払った」とは、債務者が利息の契約に基づく利息の支払に充当されることを認識した上、自己の自由な意思によってこれらを支払ったことをいい、債務者において、その支払った金銭の額が利息制限法一条一項に定める利息の制限額を超えていることあるいは当該超過部分の契約が無効であることまで認識していることを要しないと解される(最高裁平成二年一月二二日第二小法廷判決・民集四四巻一号三三二頁)。

前記1で認定した事実によれば、乙山は、本件貸金について銀行設置のATMを利用して毎月の支払をした際に、その利用明細書によっては、その支払による具体的利息充当額を直ちに認識することは不可能であった。しかし、本件貸金は、貸付金額を四〇〇万円とする一回の貸付であり、控訴人から交付され口頭での説明も受けた貸付契約説明書及び乙山自らが記載した金銭消費貸借契約証書には、四〇〇万円の元金の分割支払に伴う利息の具体的計算方法が明記され、控訴人から交付された償還表には、予定どおり分割支払をした場合の毎月の利息額が明記されていたのであって、しかも、支払金額が償還表より多い場合は、支払超過部分が元金に充当され早期に返済が終わることについても説明を受けていたのであるから、乙山としては、毎月の支払によっていくらの利息を支払うことになるのかについて償還表の記載を目安として自ら計算して把握することは容易であったということができる。そして、乙山は、毎月の支払をした間もない時期に、その都度、控訴人から、利率、利息計算の期間、利息充当額、元金充当額、弁済後の残存元金額等が明記され、「充当金額に異存のある場合は至急ご連絡下さい。」との注意書きのある領収書兼利用明細書の郵送を受けていたものであり、それにもかかわらず、平成九年三月から同年一二月までの間に一度も異議を述べることなく一〇回にわたる支払を継続したものであるから、毎月支払う額の中から利息の支払に充当される部分があることを当然に認識しながらその支払を継続したものということができる。

そうすると、乙山としては、毎月の支払の時点で直ちに具体的利息充当額を把握できなかったとしても、その支払額の中から契約で定められた利率及び計算方法により算出される額が利息の支払に充当されることを認識しながら支払を行っていたものということができ、自己の自由な意思によって利息の支払を行ったものということができる。

3 本件貸金については、貸金業法一七条所定の要件を満たす契約書面の交付がされており、かつ、乙山が行った一〇回にわたる支払については、支払の日又はその翌日に同法一八条所定の要件を満たす受取証書が普通郵便で発送され、その翌日ころには乙山に配達されたことは争いのない事実であるから、同法四三条の適用があるものというべきである。そうすると、乙山の一〇回にわたる支払は、約定利率の限度で有効な利息債務の弁済とみなされ、これを超える金額は元金に充当されたものであり、平成九年一二月一六日の支払がされた後の残元本額は、原判決別紙1の元利金計算書に記載のとおり、三一五万〇六六一円となる。

被控訴人が、期限の利益喪失後の平成一〇年三月一七日に原判決別紙2の弁済充当計算表のとおり利息制限法所定の利率を超える部分を元金に充当して計算した残元本、利息及び損害金として二八五万〇〇七八円のうち二八五万〇〇七七円を控訴人に弁済提供したところ、控訴人はその受領を拒絶したことは争いのない事実であるが、右のとおり元金は三一五万〇六六一円残存しており、同日現在の利息損害金を計算すると一九万五五一三円となるから、元利合計金は三三四万六一七四円となるのに、弁論の全趣旨によれば、被控訴人は、右提供額を超える金額の支払義務はないと主張していたものと認められるから、右被控訴人の弁済提供は、債務の一部についてされたものにすぎず、債務の本旨に従ったものということはできない。そうすると、被控訴人の弁済供託も有効なものと認めることはできない。

二  争点2について

被控訴人主張の事情によって、控訴人が本件訴訟を提起することが権利の濫用と認めることはできない。

第四  結論

よって、本件貸金の残元本三一五万〇六六一円及びこれに対する平成九年一二月一六日から期限の利益喪失の平成一〇年一月一六日まで利息制限法所定の年一割五分の割合による利息、同月一七日から完済に至るまで同法所定の年三割の割合による遅延損害金について連帯保証債務の履行を求める控訴人の被控訴人に対する請求は理由があるから、これを棄却した原判決を取り消し、控訴人の請求を認容することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 原健三郎 裁判官 岩田好二 裁判官 橋本昌純)

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